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ギッフェンのパラドックス
前回はシンプソンのパラドックスの話でした。今回は「ギッフェンのパラドックス(Giffen paradox)」を紹介します。
ふつう、「値段が下がればたくさん売れるようになる」「値段が上がればあまり売れなくなる」というように考えます。
たとえば、私が牛肉大好きで、予算が許すなら毎日ステーキを食べたい人間だったとします。とはいえ、食費に回せるお金には限界がありますので、牛肉は値段が高く、ステーキはそんなに頻繁には食べられません。しかし、もし牛肉の値段が半分になったとすれば、同じお金でそれまでの2倍の量の牛肉を買うことができるようになります。ハッピーです。逆に、牛肉の値段が倍になってしまえば、それまでの半分の量しか買うことができません。ミゼラブルです。
以上は非常に分かりやすい話ですね。お店からすると、値段が下がればたくさん売れる一方で、値段が上がればあまり売れなくなるということです。
ところが、世の中には逆に、「値段が下がったのにあまり売れないようになる」「値段が上がればかえってたくさん売れるようになる」といった場合もあるのです。これをギッフェンのパラドックスといいます。どういった場合か分かりますか?
なぜ値段が上がると多く売れるの?
仮に、私の1日の食費が1,400円だったとします。また、空腹を満たすためには、1日にハンバーグとジャガイモを合わせて5個食べなければならないとします。
私はステーキほどではないにしてもハンバーグが好きです。したがって、予算が許す範囲でできるだけたくさんのハンバーグを食べたいとします。
ある日、スーパーに買い物に行くと、ハンバーグが1個400円で、ジャガイモが1個100円でした。そうすると、「1,400円で合わせて5個」という条件を満たすためには、ハンバーグを3個とジャガイモを2個買えばよいということになります。$400\times3+100\times2=1400$です。
次の日、スーパーに買い物に行くと、ジャガイモが値上がりして1個200円になっていました。ハンバーグは1個400円のままです。そうすると、「1,400円で合わせて5個」という条件を満たすためには、ハンバーグを2個とジャガイモを3個買うことになります。$400\times2+200\times3=1400$です。
さらに次の日、スーパーに買い物に行くと、ジャガイモがまた値上がりして1個250円になっていました。ハンバーグは1個400円のままです。そうすると、「1,400円で合わせて5個」という条件を満たすためには、ハンバーグを1個とジャガイモを4個買うことになります。$400\times1+250\times4=1400$です。
ジャガイモがさらに値上がりして1個280円になると、$280\times5=1400$ですのでジャガイモ5個にしなければならず、ハンバーグは1個も買えません。おお、なんということだ。
整理すると次のようになります。
ジャガイモ1個100円→2個売れる。ジャガイモ1個200円→3個売れる。
ジャガイモ1個250円→4個売れる。ジャガイモ1個280円→5個売れる。
ふつう値段が上がればあまり売れなくなるはずなのに、この例では逆になっています。値段が上がるにつれて、ますますたくさん売れるようになるのです。これがギッフェンのパラドックスです。ギッフェンはスコットランドの統計学者・経済学者(1837-1910)です。また、今回の例におけるジャガイモのように、値段が上がるにつれて需要が上がる財(商品やサービス)のことをギッフェン財(Giffen goods)と言います。
今回の例から分かるとおり、ギッフェンのパラドックスは、「限られた予算(1,400円)の中で、どうにか必要(5個)を満たさなければならない」という場合に生じます。
他にも例はあるの?
時事的な話題で言えば、エネルギー問題・環境問題で取り上げられることがあるテーマです。
たとえば、石炭火力発電は天然ガス火力発電に比べて、同じだけの電力を生み出すのに要するコストは低い一方で、排出する二酸化炭素の量は多くなっています。
環境保全(二酸化炭素排出量の削減)のためには、石炭火力を減らして天然ガス火力を増やすのが有効です。そこで、石炭に税金をかけることで石炭火力発電のコストを上げることが考えられます。これを「炭素税」や「カーボンプライシング」といいます。炭素の排出に税金を課すということです。
一見すると、石炭火力発電のコストが上がればそのぶん需要が下がりそうです。しかし、ギッフェンのパラドックスがはたらく可能性があります。さきほどの例に当てはめると、天然ガスがハンバーグで、石炭がジャガイモです。市民や企業が払える電気代の総額には限界があり、それまで安かった石炭火力の値段が上がると、予算内で電力需要をまかなうために、かえって石炭火力の需要が増えるかもしれません。そうすると、環境保全の目的とは逆に、二酸化炭素の排出が増えるという結果になってしまいます。
探せばいろんな事例があるけど
前回・今回と、2回にわたってパラドックスの例を紹介しました。パラドックス(paradox)とは、ここでは「一見成り立たないように見えるが、よく考えてみると成り立っている」ということを指します。日本語では逆説と言います。よく「逆接」と変換ミスされる場合がありますが、逆説です。
紹介したシンプソンのパラドックス、ギッフェンのパラドックス以外にも、いろいろおもしろいパラドックスが知られています。ぜひパラドックスの事例を探して学んでみてください。それから、こうしたパラドックスは「他の人に説明できるか」を試してみてほしいと思います。教科の勉強と同じで、人に説明できれば完璧に理解できたことになります。自分の言葉で説明できないようでは理解不足です。ぜひ同級生や家族に披露してみてください。