語頭音消失
「抱く」という日本語は、「だく」とも「いだく」とも読めます。
「だく」と「いだく」では、意味が同じ部分と異なる部分がありますね。
「何かをかかえるようにして胸もとに持つ」という意味は、「だく」と「いだく」に共通です。ただし、「いだく」のほうが「だく」よりも改まった表現だという印象があるでしょう。
一方、「考え」や「感情」が目的語の場合は、ふつう「いだく」であって、「だく」ではありません。たとえば、「不信感を抱く」は、「いだく」としか読まないでしょう。
歴史的には、「だく」は「いだく」の最初の音が消えてしまったものです。広辞苑で「だく(抱く)」を引くと、「イダク・ウダクの頭母音の脱落したもの」というように説明されています。
このように、言語では、時代がたつにつれて「語の最初の音が消える」という現象が見られます。これを「語頭音消失(aphaeresis)」といいます。
英語でも、語頭音消失の例は多数あります。代表的なものを挙げてみましょう。
- 1. acute → cute
cuteはまず「かわいい」という意味が思い浮かびますが、もともとは「利口な、頭の回転の速い、鋭い」という意味で、語源的にはacute「鋭い」の語頭のaが脱落したものです。 - 2. esprit → spirit
esprit「エスプリ;機知、才気」はフランス語由来の語ですが、英語のspirit「精神、心:霊」も同源です。このパターンとしては、esquire → squire、estrange → strange、evanish → vanishなどというように、いろいろな類例があります。 - 3. amend → mend
mend「修繕する」は、amend「修正する」の語頭のaが脱落したものです。amendは法律の改正などでよく用いられる語で、名詞形はamendmentです。the Eighteenth Amendmentで「合衆国憲法修正第18条」の意。 - 4. escape → scapegoat
scapeはescapeの語頭のeが脱落したものであり、scapegoatとは「逃れる(escape)ためのヤギ(goat)」→「身代わり、犠牲、スケープゴート」の意です。